ルポ思想としての朝鮮籍

 

ルポ 思想としての朝鮮籍

ルポ 思想としての朝鮮籍

 

┣■『在日』『朝鮮籍』関連書も「図書館通い」によってだいぶ目にするようになりました。東北出身の私は『在日』という存在を意識せぬまま上京し、社会人として20代を過ごしました。何気なく幼い頃から使っていた「バカチョンカメラ」が差別用語だよと知人から指摘されて、ようやく認知した次第です。世間の誤解なんて実際そんなところなんじゃないでしょうか ??  本書に登場する6人の先達者の主張に耳を傾けてみましょう。

┣■かなり刺激的なカタカナ語が並びますね。「事件性」の話はこれまでにも目にしてきたつもりでしたが、こと「思想」となるとまた別の側面が見えてきます。『在日』『朝鮮籍』の知人がいないだけに第三者として捉えますが、東日本では川崎市などで見られる一連の騒動も踏まえ、どちらがどうこうというよりも、互いに認め合う姿勢を保たないとやはり「和解」は生まれないのだと私は感じました。

┗■私は連む/組織だって行動するのがあまり好きではありません。趣味から愛好会的なものは主催した経験がありますが(競馬です(^^ゞ)、過去の経験から徒党を組むと「しょーもないメンツ」を重んじてバカな行動をしがちです。「仲間」とか言ってきた輩に裏切られた経験もありますしね。後に他のメンバーが私の側に付き、そいつは居場所を失っていましたけど。ちょっとした嘘から話が広がって・後に事実が知れて取り返しがつかない事態を招く。人間って愚かな生き物です。本書とはまるで関係の無い話をしてしまいましたが、相手の意見もシッカリと耳を傾ける姿勢を持つことが大事だと私は考えています。

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