1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産

 

1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産

1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産

 

┣■闘争は高校生の間にも広がった。早熟な者は参加した。さらに過激に走った者は・・・ 人間も所詮は生き物、理性が吹き飛んで暴走することはあり得る。いや、強い理性・正義感があったればこそ暴力を手にしたとも言える。年配者や日本人に限ったことではない。世界を見渡せば今もどこかで暴動が起こっている。メディアで瞬時に世界に繋がるとは言うけれど、we are the world, 現実と言えばこんなもんだ。we are the children.「神様の子供」ね・・・ 

┣■全くの偶然なのだが【成田闘争】(三里塚闘争)に参加した当時高校生だった人達とネットを通じて知り合ったことがある(『競馬好き』を通じて)。関西のご自宅にも泊めて頂いた。メールアドレス交換をして暫くした後、かつての仲間が焼身自殺をしたとの投函が私の元にも届けられた。気になって訊いてみて判明した次第だ。彼らはとても賢いことが会話を通じて理解できた。東京大学も楽勝で入学できたというのも本当のことだろう。現実は闘争に明け暮れて入学することができず、小学校の一教員となっていた。もしこれほどの正義感も強い人が官僚になっていたらと考えると勿体なくて仕方がない。まっ正義感が強すぎて古賀俊明しちゃってたかもしれないけどね。(笑)

┗■“勢い”だけではいくら知力共に素晴らしくても『改革』は成功しない。勇ましい先人達の過去から学び、それを生かしていきたいものだ。もう四十半ばのオッサンだけどね。

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